レジでは数百円、家事代行では固まる指
コンビニに寄って、新作のスイーツとコーヒーをなんとなくカゴに入れる。会計は500円ちょっと。罪悪感なんて、特にない。
スマホのゲームに、月に何百円か課金している。動画のサブスクも、ほとんど観てない月でも自動で引き落とされている。それも、まあいいかと思っている。
なのに、家事代行の料金ページだけは違うんですよね。
2時間で5,000円くらいという数字を見た瞬間、指が止まる。「いやでも、家事くらい自分でやれるしな」「これはさすがに贅沢かな」って。
これ、過去の僕の感覚なんですが、あなたも思い当たりませんか?
自分へのご褒美には何百円もポンと出せるのに、家事を手放すことには急に財布の紐が固くなる。今日は、この不思議な感覚の正体を、ちょっと分解してみたいと思います。
「贅沢かも」で止まるのは、あなただけじゃない
まず言っておきたいのは、ここで止まる人は本当に多いということです。
「家事代行=高い・贅沢」というイメージは、それくらい根強い。使ったことがない人ほど、この一言でブラウザを閉じてしまう。
僕もずっとそうでした。だから「贅沢に感じるなんておかしいですよ」と言うつもりは全くないんです。
ただ、ひとつだけ気づいたことがあって。
スイーツや課金に罪悪感がなくて、家事代行に罪悪感があるのは、金額の問題じゃないんですよね。だって課金を1年積み上げたら、家事代行のスポット利用くらい余裕で超えるわけで。
違うのは「金額」じゃなくて、「それをどう捉えているか」だったんです。
ただ「贅沢じゃないですよ」と励ますだけでは終われない
ここで「家事代行は贅沢じゃないですよ、堂々と使いましょう」と書いて終わることもできます。
でも、それだとたぶん、あなたの指はまた止まる。
なぜなら、贅沢に感じてしまう根っこを潰していないからです。
その根っこは何かというと——家事代行を「消費」だと思っている、ということなんじゃないかなと思います。
消費って、払ったら消えるものですよね。スイーツは食べたら終わり、課金したスタミナも使えば消える。だから「自分でやれば消えないお金が、わざわざ消える」と感じて、もったいなくなる。
この「消費の枠」で家事代行を見ている限り、何回料金表を眺めても、指は止まったままだと思うんです。
「贅沢か、節約か」で考えると、一生踏み出せない
ここで少し立ち止まって考えてみてほしいのですが。
「贅沢かどうか」で物事を決めると、家事代行はほぼ確実に「贅沢」に分類されます。
だって、自分でやれば0円のことに、お金を払うわけですから。贅沢/節約という物差しを当てた瞬間、答えは出ているんですよね。「自分でやれば済む=節約が正解」と。
でも、この物差し自体がズレているんじゃないか、と僕は思っています。
贅沢か節約か、という軸は「お金が減るか・残るか」しか見ていない。あなたの時間がどれだけ減っているか、心がどれだけすり減っているかは、その物差しに一切乗ってこないんです。
お金だけを見て、時間と心を見ていない。
その状態で「これは贅沢だ」と判断するのは、ちょっとフェアじゃないんじゃないかなと感じます。
消費じゃなくて「投資」。買っているのは時間と心です
ここで発想を変えてみてほしいんです。
家事代行は、消費じゃなくて「投資」だと捉え直す。
投資って、お金を払って「お金以上の何か」を取り戻す行為ですよね。家事代行で取り戻すのは、2つあります。
ひとつは、時間です。
自分でやれば丸一日かかる水回りや作り置きを、プロは数時間で終わらせてくれる。乱暴に言えば、「自分の10時間を、プロの3時間で買い戻している」ような感覚なんですよね。差し引きで生まれた時間は、寝てもいいし、子どもと遊んでもいいし、何もしなくてもいい。あなたが好きに使える、まっさらな時間です。
もうひとつは、心です。
これは数字に出ないんですが、たぶん本命はこっちなんですよ。
部屋が荒れてくると、「掃除しなきゃ」という罪悪感がじわじわ溜まっていく。何もしていなくても、頭の片隅でずっと小さな警告ランプが点きっぱなしで、気力をじわじわ削っていく感じ。ピカピカに整った家を見たときに、肩の力がふっと抜ける——あの感覚にお金を払っている、とも言えます。
しかも投資なので、ちょっとだけ複利が効くんですよね。
一度プロにリセットしてもらうと、「この綺麗さを保ちたい」というスイッチが入って、その後の自分の掃除も軽くなる。取り戻した時間と心の余裕が、次の余裕を生む。1回分の出費が、その場で消えずに後を引いてくれる感覚です。
これはもう、消えて終わる「消費」とは別物だと僕は思っています。
「でも、自分でやれば0円じゃん」への答え
とはいえ、こう思う人もいるはずです。
「きれいごとを言っても、自分でやれば0円でしょ」と。
確かに、財布から出ていくお金は0円です。それは否定しません。
ただ、0円というのは「お金で払っていない」だけで、タダではないんですよね。
あなたは、ちゃんと払っているんです。何でかというと——時間と気力で。
休日の数時間を掃除に溶かす。へとへとで帰ってきた夜に、シンクの洗い物を見てため息をつく。「やらなきゃ」が頭の片隅にずっと居座って、休んでいるはずの時間まで地味に重くする。
これ、全部コストなんですよ。レシートに印字されないだけで。
家事代行は、その「見えない支払い」を、見える金額に置き換えてくれるサービスだとも言えます。0円に見えていたものが、実はけっこう高くついていた。それに気づけるかどうかが、贅沢か投資かの分かれ目なんじゃないかなと思います。
最初は「外食一回分」で、時間を試し買いしてみる
とはいえ、いきなり「投資だ!」と気合を入れて定期契約まで行く必要は全然ないです。
おすすめは、スポット(単発)で1回だけ試してみること。
料金の目安は、2時間で4,500〜6,000円くらい。家族で外食する一回分くらいの感覚です。
その一回分で、自分なら一日がかりの場所がプロの手で片付いて、ついでに「家事を抱え込まなくていいんだ」という感覚まで手に入るなら。投資としては、わりと優秀な部類だと僕は思っています。
最近はマッチング型のサービスだと、もっと気軽な料金で試せるところも増えてきました。ただ当たり外れがある仕組みなので、まずはスポットで何人か試して、相性のいい人を見つけてから定期に切り替えるのが安全だと思います。
合わなければ、1回でやめていい。スポットなら、それができます。「投資」と言っても、最初に賭けるのは外食一回分だけ、というわけです。
さいごに
最初の話に戻ります。
コンビニのレジでスイーツに500円を払うとき、僕らは「これは贅沢かな」なんて、いちいち考えません。一瞬の満足に、迷わずお金を出している。
だとしたら、自分の時間と、すり減った心を取り戻すことに、外食一回分を払うのは、本当に「贅沢」なんでしょうか。
何にお金を払うかは、結局その人が「何を大事にしているか」の表明なんですよね。
レジの前で固まっていたあの指が、次に料金ページを開いたとき、少しだけ軽く動いたなら。
その500円と5,000円の境目を、一度きちんと見つめ直してみるのも、悪くないんじゃないかなと思います。